2008/11/11//Tue * 22:03
ある意味筑紫さんはニュース23を見る人たちの父のような存在だったんだと思う。
物事を穏やかに、優しく語りかけるように時事を鋭く切っていく。
中にはとても鋭い内容の件も多くあった。
ただそれはどちら(右にも左にも)よっていなく、ある種の基準、それによる安心感もあった。
その安心感は、筑紫さんの口調に心地よさを感じるまでに至った。
という事ではなく結果的に安心感のある言葉になる、という言い方が正しいのだろうか。
思えば小学生高学年から筑紫さんと久米さんをハシゴしながら見ていたニュースのあの時間帯はとても楽しかった気がする。
ニュースステーションは報道ステーションとなり全く報道とは思えない、いや、ある意味では報道という形なのかもしれないが、古館のよくわからない無意味な間の後の個人の感情論だけを繰り出す番組となり、そして筑紫さんも去って行った。
とてもなにか、ひとつあの時間帯に空白が出来たように思えた。
今は報道ステーション、ニュースZEROというくだらない番組ができ、いまはニュース23だけが信じられる番組となった。個人的にはワールドビジネスサテライトも好きだが。
視聴者として、久米さん、筑紫さんのいた、あの時間帯が懐かしいと思う。
ゆっくりと休んでください。
多事争論、また聞ける日を楽しみにしています。
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